夜明けの鐘が鳴る前、ローゼンは西門の前に立っていた。
ローゼンが乗る馬一頭と、荷・替え用の馬一頭、徒歩で行く護衛四人だけで、荷車はなかった。持って行く物も革の書類挟み一つと、カン・ムジンが作った短剣一振りだけだった。
短剣は贈り物ではなく見本だった。
刃の長さは一握り半で、峰は厚く、切っ先は無理に細めていなかった。柄には濡れた手でも滑らないよう、浅い溝を彫ってあった。華やかな銀飾りも宝石もなく、刃の根元にはカン・ムジンの小さな刻印だけが打たれていた。
ローゼンが鞘から短剣を半ばまで抜いてみた。
「王宮へ持って行くには、あまりに素朴だと言われるかもしれません」
カン・ムジンは刃の光を検めた。
「使う物です」
「そう言うと思っていました」
ローゼンが短剣を収めた。馬の鞍の後ろには、支援要請書と物資明細書が分けて括られていた。兵力三百、クロスボウと矢、干した穀物、包帯、解熱草。一つを断られたら別のものを求められるよう、ローゼンは文書を六通り作っていた。
カン・ムジンは、彼が夜通し直した痕跡を知っていた。書類挟みの金属の留め具が数十回開閉されたせいで、片側だけが微かに擦り減っていた。
「兵力をくれなければ兵糧を請います」
ローゼンが言った。
「兵糧も難しければ医薬品を、それも難しければ商団の通行税免除を求めます。少なくとも堡塁へ来る物資の道は開かねばなりません」
「何もくれなければ?」
ローゼンはしばし書類挟みを見下ろした。
「なぜくれないのかを知って参ります」
カン・ムジンはうなずいた。
空手で帰ることと、空言だけを持って帰ることは違った。拒絶にも木目があった。恐れて退くのか、損得を量っているのか、それともそもそも人として見ていないのかを知らねば、次の槌打ちを定められなかった。
ラカンが西門の上で叫んだ。
「王宮の奴らが馬を返したら、首根っこ噛んで連れて来い!」
ローゼンが見上げた。
「外交の使節への見送りではないようですが」
「噛まずに訊いてでも来い!」
「その辺にしておきましょう」
城壁の上に笑いが広がった。ローゼンはカン・ムジンに頭を下げて馬に乗り、護衛四人は二頭の前後を囲んで徒歩の隊形を取った。
「十日のうちに戻ります」
「道中お気をつけて」
「堡塁をお願いします」
「元よりやっていることです」
ローゼンはそれ以上言わずに、護衛たちとともに西の道へ進んだ。蹄の音が乾いた地を叩きながら遠ざかり、朝靄の中へ消えた。
カン・ムジンは彼らが見えなくなるまで西門の前に立っていた。
その後、堡塁の一日はいっそう速く流れた。
ローゼンの抜けた穴を埋めるため書記たちが倍に駆け回る間、食糧配給表では小麦粉一袋が合わず、北の防壁に使う石を運んでいた荷車が一台折れた。ラカンは新たに編成した組頭たちが命令をめいめい違って受け取ると言って、訓練場をひっくり返した。
鍛冶場も休まなかった。
カン・ムジンは夜が明ければ槍先を検分し、日が沈めば兜の縁を合わせ、夜にはドリアとともに新しい炉の風道に手を入れた。炉が増えた分だけ炭の消耗も速まったが、火を強く焚くだけでは鉄の表面から焼けてしまった。
「三番目の炉が食い過ぎる」
ドリアがふいごの取っ手を放して言った。
「風穴が大きいのです」
「わしが開けたものだ」
「だから大きいのです」
ドリアの眉がぴくりと動いた。
「ふん。人間がドワーフの炉に口を出すか」
「鉄が口を出しています」
カン・ムジンが熱した鉄片を挟みで持ち上げて見せると、表面には薄い酸化膜が立ち、角は中より先に白く灼けていた。
ドリアはしばらく鉄片を睨んでいた。
「一寸縮めよう」
「半寸で足ります」
「半寸で駄目なら?」
「その時さらに縮めましょう」
ドリアは鼻息を吹いたが、すぐに半寸の栓を削り始めた。炉の前では干渉を受けない彼だったが、鉄が出した答えまで無視しはしなかった。
カン・ムジンは再び金床へ戻った。
十日の間に槍先百四十本と剣三十一振りが武器庫に入り、盾の縁は五十六組が仕上がった。アイシャが受け持った規格釘も、初めより不良が半分に減った。
しかし西の道からは何の知らせも来なかった。
十一日目の正午、カン・ムジンは蹄鉄一つが西門の方へ近づいてくるのを感じた。
馴染みのある金属だった。出発前に彼が自ら釘を締めてやった蹄鉄で、右前蹄の外側が深く擦り減っていた。馬が疲れているという意味だった。
彼は槌を置いて外へ出た。
西門が開いて最初に入って来たのは徒歩の護衛二人だった。四人の護衛は皆戻り、血の匂いもなかった。続いて護衛の一人が荷馬の手綱を取り、もう一人は疲れたローゼンの馬の傍らで歩調を合わせた。
ローゼンは最後に馬に乗ったまま入って来た。
外套には王都の埃が灰色の膜のように降り積もり、髭が伸び、目の下も黒かった。しかし腰は曲がっておらず、革の書類挟みも相変わらず脇に抱えていた。
ラカンが訓練場を横切って来た。
「兵力は?」
ローゼンは馬から降りた。
「ありません」
「食糧は?」
「ありません」
「薬は?」
「ありません」
ラカンの尾がぴんと硬く立った。
「なら一体何を貰って来たんだ?」
ローゼンは手綱を護衛に渡した。
「答えを貰って来ました」
カン・ムジンは彼の書類挟みを見た。発つ時に張っていた革紐は緩んでいたが、中に入れて行った文書はそのままのようだった。
「中で話しましょう」
カン・ムジンが言った。
会議室にはカン・ムジンとローゼン、ラカン、ドリアが集まった。シルヴァナの席は空いていた。彼女は今も森で長老会を説得していた。
アイシャが水差しと硬いパンを持って来た。ローゼンは水を一杯空けてから、ようやく書類挟みを開いた。
文書六通りが卓上に重ねられた。ローゼンはそれを一つずつ読まなかった。一番上の赤い拒絶線を指で押さえると、十日の間閉じられていた王都の会議室が、彼の声の中で再び開いた。
三日待って入った国境会議で、軍務次官は避難民の名簿を閉じもせずに言った。
「レデンの封臣となりなさい。指揮官と駐屯軍を王室が定めるなら、兵力支援を検討しましょう」
ローゼンは魔族の動員表とグリモアの移動路をその前に押しやった。
「鋼鉄堡塁が崩れれば、この道の次の城壁はレデンのものです」
「だから提案しているのです。統治権と徴税権、駐屯権を渡せば、その城壁は王室が責任を負います」
返事一つで兵力と穀物を得られた。その代わり、鉱山から解き放たれた人々は旗を変えるだけで、再び他人の命令の下に置かれることになる。
「お断りします」
その一言の後、兵力要請書に赤い線が引かれた。
財務官は穀物搬出許可書を畳みながら値を四倍に吊り上げ、救護担当官は医薬品の箱を渡す代わりに、鋼鉄堡塁という名を消せと言った。
「レデン王国西部流民臨時収容地として記録します。配給は王室の官吏が担います」
ローゼンは薬品目録を見下ろした。今受け取って行けば人は生かせるが、文書に打たれた最初の杭が堡塁全体をレデンの地に変えることになる。
「薬は買います。名と人は渡しません」
「その条件では一箱も国境を出ません」
「それなら空手で帰ります」
官吏の印章が下り、最後の許可書まで閉じられた。ローゼンはその場で西部貴族三人と王室外の商団の名だけを別に書き留めた。公式の支援は失ったが、私兵出身の教官と薬草、鉄製農具で代価を払う迂回路を一つ拾い上げた。
現在の会議室で、ローゼンは赤く皮の剥けた人差し指を伸ばした。
「彼らは我々を知らないから拒んだのではありません。我々が何であるかが定まっていないから、望む名を先に付けようとしたのです」
「レデンが卑怯だから拒んだだけでもありません。彼らのやり方では我々と約束を結べません。約束が破られた時に責任を負う君主も、条約を継承する官庁も、国境を確定する法もないからです」
ラカンが腕を組んだ。
「俺たちがここにいて、ずっと魔族を防いで来たってだけじゃ足りねえってのか?」
「戦場では十分です。外交ではそうではありません」
「紙一枚がないせいでか?」
「その紙の後ろに何が立っているかがないせいです」
ローゼンの言葉は丁重だったが、終いが重かった。
「我々は軍を作っています。税の代わりに労働と物資を集め、城壁を建て、罪を定め、避難民に住まいを分け与えています。すでに国がやることをやっています」
彼が拒絶の文書を一枚ずつ重ねた。
「ところが外から問われれば、我々は何者でもありません。村と言うには軍が大きく、領地と言うには主がおらず、国と言うには名と法がありません」
カン・ムジンは卓上の仮の出入り札を取った。
指に力を込めると鋳鉄の札が低く鳴ったが、彼はそれを折らなかった。熱を加えていない鉄を無理に曲げれば亀裂だけが残る。誤った形を直すには、まず熱さねばならなかった。
「今すぐ名を付けたからといって国になるわけではありません」
カン・ムジンが言った。
「もちろんです」
「王冠を作ったからといって王が生まれるわけでもありません」
ローゼンの視線がしばし止まった。
「それもまた、その通りです」
カン・ムジンは札を置いた。
「それでも、何がないのかは分かりました」
ローゼンがゆっくりと息を吐くと、長い旅程の果てで初めて肩が少し下がるようだった。
カン・ムジンは拒絶された支援要請書を改めて検めた。紙は無事で、文も間違っておらず、必要な数量と理由も正確だった。
失敗したのは文書ではなかった。
文書を差し出した手の後ろに立てておく名がなかった。
外で急いだ足音が聞こえたかと思うと扉が開き、北の物見櫓の警備兵が入って来た。彼は息が喉元まで上がったまま、膝に手をついた。
「鍛冶師様」
「東の森の道から避難民が入って来ました。二十人を超えます。後ろにもっといるとのことです」
「追撃は?」
ラカンが先に立ち上がった。
「見えません。ですが外郭の監視哨の一つが応答しません」
カン・ムジンは即座に席を立った。
その瞬間、彼の感覚の端に小さな鉄片一つが引っかかった。
堡塁の外の東側、まだ防壁の届いていない避難民の定住地の方だった。
警報用の鐘の舌だった。
それが地に落ちていた。
カン・ムジンは槌を取り上げた。
「ラカン。兵力を集めてください」
ラカンはすでに扉の外へ駆け出していた。
カン・ムジンは卓上の札を一度見て背を向けた。
レデンは彼らを、どの国の人間とも呼ばなかった。
しかし敵はすでに正確に知っていた。
どこを先に打てばよいのかを。
感想を書く