オリジナル小説
武神
物語について
あらすじ
山里で薬草を採って暮らしていた少年タンプンは、いつもと変わらぬ山道で、底の見えない穴へと落ちる。光も時も届かない地の底で、少年が手に入れたのは金と銀、二つの指輪だった。
指輪はプンの体を、巨大な力を宿しても崩れぬ器へと造り変え、五年にわたってその内を内功と感覚で満たした。ようやく地上へ戻ったとき、プンは自分が何になったのかも知らぬまま、すでに江湖の尺度をはるかに超えていた。気脈の流れを読む目まで備えた少年を、真っ先に見いだしたのは、武林盟の元老の座を退いた老達人、玄虚だった。
玄虚の暮らす山頂で過ごした三年がプンに与えたのは、武功ばかりではなかった。なかなか彼を認めようとしない仲間、アヨンがいた。自分の力が誰かを守れるのだと初めて教えてくれた、最初の侠行があった。そして三人が山を下り、辺境のノハ村にたどり着いたとき、プンは人が荷物のように積まれて運び出される闇と向き合う。その闇を握る手は、魔教のものだけではなかった。
同じ夜、その村にはもう一人の男がいた。魔気を宿した刀を振るう男、血魂――魔教の刃でありながら、魔教の者を斬りに来た者。敵と呼ぶには人を救う道を教えてくれ、味方と呼ぶにはあまりに冷たかった彼を、プンは長く心に留めることになる。
ノハ村の長く暗い夜を越え、プンの足は武林盟へと向かう。頼もしい師と物怖じしない仲間、人懐こい物乞いを一人傍らに置いて立った比武台で、プンは南宮輝、唐月、チン・ヒョンを次々と破った。最終日、華山の梅花剣手までも倒したとき、名もなき薬草採りの少年の名は、一夜にして天下に知れ渡っていた。
だが、プンが優勝の牌より先に確かめたのは、左の襟に縫い込んだ帳面の切れ端だった。名が広まるほど彼を追う視線もはっきりと感じられるようになり、茶店や路地の入り口には、いつも同じ顔が居座っていた。比武台では傲慢だった剣の俊才、南宮輝が酒瓶を手に訪ねてきて友となる一方で、プンは宋進とパン・ウォンが選んだわずかな者たちとともに、長老院の影をひそかに追い始める。証拠と証人が一度に消されぬよう、四人はそれぞれ別の道を選んだ。
先に動いたのは影のほうだった。真夜中の離れを襲った急襲を逃れ、長老院の最奥へ踏み込んだプンは、魔気をまとった覆面の者の一撃のもとで、ついに帳面を手に入れる。そこにはドング婆さんとファンウ、北送と選別という二つの言葉のもとに消えた者たちの名があった。だが、力で奪い取ることと、世に信じさせることは、まったく別の戦いだった。帳面を天下に明かす道を求め、プンは初めて人を集め始める――命を懸けた誓いではなく、それぞれが確かめた事実だけは隠さないという、厳しい条件の同盟を。
天下の名士たちが集う群雄大会で帳面を明かそうとしたプンの前に、覆面の護法と魔人たちの襲撃が立ちはだかる。証拠を守り、戦いを収めた後も、北送された人々がどこへ移されたのかはわからなかった。プンと玄虚、アヨンは辺境へ向かい、丐幇のマクドンと邪道連の張威、唐月が、それぞれ別の道で得た手がかりを突き合わせ始める。血面の巣窟から被害者たちを救い出したものの、彼が残した北谷という名が、次の道を示す証言なのか、追っ手を誘う餌なのかは定かではなかった。
町を襲った修羅の急襲は、力だけではすべての者を守れないという事実をプンに突きつける。傷ついた体と気脈視、陽剛の限界に耐えながら、彼がまず帳面に記したのは、連れ去られたクチルとソ老人、医師の助手パンピルの名だった。靴跡と車輪の跡、黒い砂と白い石の粉を一つずつ照合する追跡は、下流の渡し場へと続く。正派と邪派が、誰の味方かを問う前に、誰を捜しに来たのかを確かめ合えるようにしようとするプンの前に、魔教は再び誘いの痕跡を残す。
連れ去られた人々の痕跡を追う道で、正派と邪派は互いに背を預ける連合を結ぶ。待ち伏せを突破し、捕虜の一部を救い出しても、クチルとソ老人、先に北谷へ移された者たちの行方はわからない。血劫魔君との戦いの後に残ったのは、さらに深まった傷と四人の墓だった。すぐには追跡に出られないプンに、古い踏査の写しと三画の印が、山脈の奥の石門へと至る別の道を開く。
石門の内でプンは、剣の型をそのまま受け入れる代わりに、斬る前に定まる方向を捉えようとする。だが、得られた悟りは回復を意味しなかった。気脈はさらに損なわれ、右腕は思うように動かず、彼を救い出した玄虚とアヨン、張威まで危険にさらしかねなかった。帰路に飛び込んできた血まみれの伝令が、連合本陣の襲撃を告げる。北谷の人々を捜すためにも、まずは生きている仲間と追跡の拠点を守らねばならない。そう判断した一行の前に、本陣を覆う赤黒い炎が姿を現す。
北谷の捕虜を追う道は、細工された伝書と北方の冷気を越え、ソ老人が囚われた雪山へと続く。プンは仲間と捕虜たちを救い、北海氷宮が村を凍らせ、水に沈めようとする計画を、水路を変えて阻む。だが、氷帝と正面から武功を競って勝ったわけではなく、南蛮の野獣王も捕らえられなかった。傷の癒えぬプンが帰還して示したのは、自分を信じて兵を預けてほしいという約束ではなく、いずれの勢力も独断で全体を指揮できなくする条件だった。捕虜と救出された者は共同で管理し、命令と被害の記録はそれぞれ異なる勢力が残す。一季節限りの条件付き共同戦線が、西方の行方不明者を捜すべく、最初の派遣隊を送り出す。
西の荒野では、香と音、地形を利用した幻影が人々を引き離そうとする。プンは自分の目も欺かれうると認め、縄と記録、仲間たちの確かめた痕跡を突き合わせて、隠れていた術法僧を見つけ出す。その日に許された一呼吸分の気脈視は、すでに使い果たしていた。さらに大きな鏡の陣で活仏が掲げた不死とは、同じ顔に仕立てた別人を、薬物で死ぬまで酷使しては入れ替えるからくりだった。交代兵の呼吸を支配する黒い舎利と魔教の護法を前に、プンの傷ついた気脈は無理やり揺さぶられる。剣気の使用を禁じられた身であることに変わりはない。それでもプンは左手に握った剣で一筋の純白の剣気を受け止め、右腕の感覚を失ってゆく。仲間たちが道を開き、張威が金属の箱に収められた舎利を露わにしたその瞬間にも、最後の斬撃はまだ放たれていなかった。
張威が露わにした黒い舎利をプンが砕くその瞬間まで、仲間たちは護法の攻撃を防ぎ、交代兵たちの呼吸をつなぎ止める。生き残った活仏と捕虜たちを、いずれの勢力にも独断で移送や尋問をさせぬよう守り抜いた後も、帰路の海では水中の陣法と船団の攻撃が待ち受けていた。多くの犠牲の末に手に入れた潮汐表と捕虜回収命令、天魔山への集結指示が、ばらばらに見えていた証拠を一つの場所へと結びつける。だが、印章の真偽も、命令を下した者も、まだ明らかになったわけではなかった。負傷者と捕虜のもとに残って守る者を定めた連合の先遣隊は、道が閉ざされる前に天魔山へと向かう。
魔殿でプンは、人々の命を奪って力を高める天魔と対峙する。右腕の感覚も戻らぬまま、玄虚が切り開いた糸口から自らの心臓の拍動を選び取り、体と気を一呼吸の間だけ噛み合わせる。だが、その突破を再び使えるだけの体は、もう残っていなかった。回転軸を押さえる血魂に必要な一太刀は、天魔を斬る復讐の刃ではなく、捕虜たちを縛る黒いピンを断つ刃だった。プンと仲間たちが力を分け合って受け止めた末に、その場の五人は全員生き残る。だが、北側と内側の施錠は残り、圧力の集中した黒い核の下からは、波と鱗の模様が刻まれた古い石門が現れる。山の下の命を救う戦いは、まだ終わっていなかった。
北側の接続と黒い核をともに切り離すため、プンと仲間たちは七度にわたって力と圧力を分かち合う。その場の五人は生き残り、天魔は皆の手が重なった最後の攻撃の末に死ぬ。だが、崩れゆく封印と、山の下での救助が残されていた。共謀の網を明かす核を守るために、生きている人を見捨てることはできないとプンは言う。核の重みを切り離した末に、西の坑道の六人と救助隊が上がってくる。核は途中の岩棚に引っかかったまま、今は回収できない証拠として残る。
地上での公開照合を前に、偽の警備通行札を持った火薬の荷車が証拠を襲う。焼けた伝令札の破片と教主の帳面、水路図の拓本、生き残った運び手の言葉が、十七番目の北側水路で被害者たちが別に引き渡されていたことを、互いに裏づける。独孤無痕の名義で運営された伝達網は確認されるが、彼が直接下した命令も、生死も、行方も、確定には至らない。プンは、ともに人を救った血魂の過去も隠さないでほしいと求める。血魂が人を救ったことも、封鎖によって死を招いたことも、同じ記録に残り、どちらももう一方を消しはしない。
治療は勝利の褒美のようには訪れない。プンは体を起こした翌日には、また横にならねばならず、助けを求める鈴の鳴らし方と、左手で名前を書き写すことを覚える。四十八日目にファンウが生きて見つかるが、脚を動かすことができず、手の震えもひどい。百日目になっても、プンの運功の禁止は解かれない。右腕と左の視野には制限が残り、再び戦えるかどうかも保証はない。持ってよいのは空の薬草籠だけという条件のもと、プンは玄虚とアヨンに助けられ、荷車でノハ村へ帰る。
恒久的な支柱と水門を設けた龍脈の封印は、引き続き点検を受ける。回収された黒い核は、正派と邪道連が鍵を分けて保管する隔離室へと移される。被害者側の監視人にも、状態を確かめ、開放を阻止する権限が与えられる。夏侯剛の資金と物資の取引は立証されるが、直接の命令と長老院の共謀の範囲は別途審理が続いており、独孤無痕の生死と行方も未解決のまま残る。プンとファンウ、アヨンは名前と年齢を突き合わせ、空欄を減らしてゆく。プンは自分が見なかったことに証言を付け加えず、血魂の続く供述にも目を通し続ける。
帰郷の後、大雨が昔の薬草道を断つと、人々は再び武神が駆けつけてくれるのを待つ。プンは力の入らない右手で縄を受け取る代わりに、アヨンに登る役目を頼み、ファンウとともに地図と水の流れを確かめる。村人たちが詰まった溝を開き、互いの足元に目を配る間、プンは薬材を選り分けて救助を助ける。薬を飲ませた子はすぐに治るわけではない。それでも、長い夜が過ぎると水を求め、数日後には自分の足で歩いて出てくる。武神ではなくプン兄ちゃんと呼んでほしいという少年は、杖と荷車、ともに歩く者たちに助けられ、再び薬草道へ向かう。皆がたどり着くまで待ってから彼が指さしたのは、アヨンが先に確かめておいた、緩やかな曲がり角の向こうの道だった。
目次 77
新しい順- 77第77話 武神 〈終〉
- 76第76話 黎明
- 75第75話 龍
- 74第74話 最期
- 73第73話 天魔降臨
- 72第72話 一刀
- 71第71話 魔神
- 70第70話 生死境
- 69第69話 教主
- 68第68話 血戦
- 67第67話 出征
- 66第66話 東海
- 65第65話 帰還
- 64第64話 真名
- 63第63話 刀
- 62第62話 不死
- 61第61話 幻影
- 60第60話 同盟
- 59第59話 南蛮
- 58第58話 万年雪(萬年雪)
- 57第57話 北風
- 56第56話 戦雲
- 55第55話 揺らぎ
- 54第54話 鏡
- 53第53話 雪辱
- 52第52話 帰還
- 51第51話 飛翔
- 50第50話 意志
- 49第49話 石門
- 48第48話 伝説
- 47第47話 血劫
- 46第46話 同行
- 45第45話 待ち伏せ
- 44第44話 会盟
- 43第43話 呼び声
- 42第42話 道
- 41第41話 修羅(しゅら)
- 40第40話 鍛える
- 39第39話 灯火
- 38第38話 巣窟(巢窟)
- 37第37話 合攻
- 36第36話 邪道
- 35第35話 黎明(れいめい)
- 34第34話 捨て札
- 33第33話 仮面
- 32第32話 同盟
- 31第31話 活路
- 30第30話 隠し部屋(密室)
- 29第29話 夜襲
- 28第28話 影